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2005/10/30

両国にて

 同じ新人賞をいただいた方々と両国で会う。ぼくを合わせて四人の作家。

 ん? こういうのって名前を出してもいいのだろうか。ま、わからないからやめとこう。それから、とある出版社の編集さんと写真家さんを加えた計六人。両国秋のちゃんこコース&地ビール飲み放題でしたっけ? つい先週、急性腸炎で倒れていたぼくは、おっかなびっくりで飲みました。

 ずばり、すごい楽しかった。そっかあ、そっかあ、と思うことしきり。あと、写真家さんはB'zやらGLAYやらのCDジャケットを撮られていたという方。酔ってたとはいえ、そんな人にぼくのプロレスマスクをかぶせてよかったのだろうか。。

 ということで、圧倒されてばっかりだったので、本日の画像はありません。


 はてさて、はてさて、家に帰ってきてから、ゲラをかたかたとFAXで送る。
「このFAXのもと、とれるんですかね」
 なんてことを尋ねたのは三年前。まあ、使っている。だが、わが妹のほうが、楽譜の送受信のために長々と使っているような……。

 長編も一段落。さて、棚上げになってしまっていたほうへ。なんかいい予感。

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2005/10/29

江ノ島ピクニック

 この前のクリコ・トラヴェラーを持ち、江ノ島の島の端にある白灯台へ。秋の空。凪いだ海。ゆるやかに流れる午後の時間。

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 されど、荒ぶる食欲。

「シャンパンにはハム」
 と鎌倉ハムの店で買ってきたハムに、チーズやクラッカー。

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 チーズ王国で売っているという「チーズにかける醤油」をチーズに。さらにおかかを加える。これが美味。参りました。

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 見事な秋晴れ。

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 日が落ちるのを見届けてからは、しらすと地ビール。こうして、秋の一日が終わったのでした。


 

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2005/10/28

江戸名所図会&招き猫を訪ねて その二

 豪徳寺といったら招き猫。

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 『江戸名所図会』には江州彦根の城主である井伊掃部頭直孝の名前は見えますが、例の招き猫の伝説は書かれていません。

 あの猫が招いたという話は、どっから出たんだろう。

 ドーン! ちょっとこわい。
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 商売繁盛を願って、ぼくもひとつ買いました。自分のやつがかわいく見えるのはなぜ?

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江戸名所図会&招き猫を訪ねて その一

 とある秋の一日、豪徳寺へ行ってきました。『江戸名所図会』にも「大渓山豪徳禅寺」と紹介されています。

 んで、初めて世田谷線に。
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 乗ったのはピンクの300系。118-1871_IMG
のんびりコトコトと。


 そして、たどり着きましたよ、豪徳寺の総門へ。でも、これは『江戸名所図会』では「碧雲関は総門の名なり」と紹介されている総門とはちがうものみたいだ。昔の碧雲関はいまの門柱のあたりかなあ。この現在の総門には壁雲関と書かれているし。たぶん。

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 そうそう。豪徳寺十勝のひとつである清涼橋(せいりょうきょう)を探してみたら、現在の総門からまっすぐ、道を渡って、さらに進んだところの遊歩道のところでやっと見つけた。暗渠となっていた。
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 これは反対側の柵。118-1879_IMG


 いまも残っている臥竜の桜も二代目だとか。

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2005/10/27

みちのくプロレス観戦

 ちょっと前のことなのだが、みちのくプロレスが栃木に来るというので、観に行ってきた。

 ぼくとみちのくプロレスの出会いは、1993年7月24日に行われた盛岡市マッハランド大会にまで遡る。もう10年以上観続けていることになる。

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 このザ・グレート・サスケもいまや議員サンだしね。最近はすっかり太ってしまって、なかなか飛ぶことがないけれど、かつては空中戦の最先端を行っていたのだ。

 今回のベストショットはガルーダがラッセに対して放ったラ・ケブラーダ。

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 それから、この前マスクを作りに行ったときに、サクマさんが作ったスペル・トマテ。ダイナマイト東北選手と記念撮影。いいやつ、ダイナマイト東北!

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2005/10/21

クリコ・トラヴェラー

 後輩の子が国に帰るというので、いままでお世話になった御礼にクリコ・トラヴェラーを買ってみた。

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 実はこれ2時間くらいまでシャンパンを飲み頃の温度に保つことができる。シャンパーニュグラスもふたつセットされている。中を全部出せば、水着入れなどのバッグとしても使えるのだとか。

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 はてさて、はてさて。

 ああ皐月 仏蘭西の野は火の色す 君も雛罌粟(こくりこ) われも雛罌粟

 与謝野晶子

 と、クリコのダジャレで……。うーん、ダジャレになってないか。

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2005/10/20

あなごドーン!

 文庫本がちょこちょこと増刷してくれたので、お寿司を食べたりする。

 で、あなご一本。あなご好きにはたまらない。

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 「小説宝石」さんでこつこつと短編を書かせてもらっているのだが、いままでずっと唐仁原教久さんが絵を。これがうれしくて。今回はビターな感じを書いてみたら、絵もちょっとちがってた。。

 そういえば、その「小説宝石」さんで熊谷さんの新連載。仙台が舞台の小学生の話。これからどうなっていくんだろう。

 仙台が舞台といえば、ぼくはすぐに佐伯一麦さんの『ア・ルース・ボーイ』を思い出す。読んだのは高校生のときだったろうか。

 それから、大学でいっしょだった友だちが、卒業して仙台に戻ってからも就職活動を続けていたのだけれど、バイトとして新聞配達をやっていて、明け方の空の写真を送ってきてくれた。自分で撮ったと手紙にあった。あのときもぼくは『ア・ルース・ボーイ』を思い出した。そして、いまだに仙台のイメージはそいつの写真の明け方の紺色だ。

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2005/10/12

からだ洗った寒かった

 コレを洗った。だが、こいつはお風呂が嫌いなのだ。

 風呂場に行くと、いきなり無口になる。といっても、もともと喋らないんだけれど、無口そうな顔になる。しかも、かなり憂うつそうになる。

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 洗ったあとは、
「ぼく別に体は汚れたままでいいんだけど……」
 と文句を言いたげだ。

 けっこう寒くなってきましたね。短編のゲラを送ったり、短編書いたり、長編書いたりしているうちに、10月も半ばに。あ、ボクシングの内藤くんは、残念ながら負けてしまいました。。

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2005/10/09

ロハスといえばエロイ

 なんかちまたでロハス、ロハス聞くんだけれど、ボクシングを見ている人ならば、すぐにエロイとでてくるんじゃないだろうか。ヘススでもいいけれど。

 なんだか思わせぶりな感じの題名にしてしまったことを、少しばかり後悔し始めつつ書くのだが、ぼくのいうロハスは「Lifestyles Of Health And Substainability」のLOHASではなく、21連続KO勝利というベネゼエラの記録を持っていた元WBA世界フェザー級王者エロイ・ロハス(ELOY・ROJAS)のこと。浅川さんやら平仲さんやらを下し、最後にはバスケスに王座を明け渡してしまったが、37歳になるいまも現役だとか。

 それにしても、なんでベネゼエラのボクサーって息が長いんですかね。強打者も多いし。あと、エロイ・ロハスの連続KO勝利を破ったベネゼエラのアレクサンデル・ムニョスは、強盗に襲われたあとどうなったんだっけ?

 と、無理やりボクシングの話題になだれ込んでいくのは、ここ一ヶ月ちょっとでたくさんの日本人の世界戦が組まれていてとてもうれしいからだ。そして、10月10日、とうとう内藤くんがWBCのフライ級タイトルマッチ。ここはひとつポンサクレックに勝ってほしいもんだ。

 と言いたいところだが、この相手のポンサクレックがなあ……。9年以上無敗を誇る王者なんです。世界戦でも11度防衛中とフライ級最強の声がある。そして、内藤くんはかつてこのポンサクレックに、世界戦に挑戦した日本人選手の中で最短となる34秒でKO負けしている。一応、内藤くんも昨年10月に、日本タイトル史上最短の24秒KO勝ちをしているのだけれど、どうかなあ。

 うーん、楽しみ。ぼくとしては、内藤くんが勝って、いま売り出し注の亀田の挑戦を受けたりすれば(犬猿の仲なのだ!)、日本のボクシングがいっきに面白くなると思うんだけれど。

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 ちなみに、ぼくのライバル。ハートマークであるべきところが、ボクシンググローブになっている。キュートなTシャツだな。


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2005/10/08

怪獣大好き

 ぼくの宝物といえば、朝日ソノラマから出ているこの『ファンタスティックコレクションスペシャル 世界怪獣大全集』である。

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 昭和56年刊行となっているのだが、先日ぼくの家に遊びに来たサクマさんが、この本を見て、
「いいなー」
 とつぶやいていた。聞くところによると彼もぼくと同じように、幼い頃はコロタン文庫の怪獣大百科で心を熱くしていたそうで、やっぱりこの本にはビビっときたようだ。当時で2,300円。いまは2倍から一万円くらいの値がついているそうだ。

 それから、この本のなかには、海外の怪獣・怪人を扱っているページがあるのだが、その構成をやっているのが聖咲奇さんと菊池秀行さん。

 聖咲奇さんの名前を聞いてぴんと来た方は、よっぽどの特撮マニアだろうと思うのだけれど、あの特撮雑誌『宇宙船』(とうとう7月号をもって休刊となってしまった……)の中心人物。コロタン文庫の構成なども手がけていたと思います。そして、菊池秀行さんといえば、言わずと知れた作家さん(ご本人だよね? ぼくはずっとそう思っていたんだけれど)。中学生の頃は朝日ソノラマ文庫を読んでいたから、これまた馴染み深い。

 はてさて、この本が刊行された頃の特撮といえば、日本ではキグルミの怪獣、海外ではレイ=ハリーハウゼン(『シンドバッド7回目の航海』など)を代表とするダイナメーション(ミニチュアのコマ撮り)が主流。というより、そうしたものが当たり前で、これらの、命のないところに必死に命を吹き込もうとする気概が画面から伝わってきて、いとおしささえ感じてしまいます。

 いまはCG全盛の世の中だけど、やっぱりいまだにぼくが反応してしまうのは、液圧パペットやケーブルパペットによる怪獣や宇宙人なんだよねえ。

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2005/10/07

覗き大好き

 うちのコレは、犬のいる家を覗くのが好きだ。こんなふうに。

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 よく吠えられている。

 でも、あんまり動じないらしい。

 そういえば、コレが散歩中に吠えているところを見たことがない。どうやら、家の敷地を一歩でも出ると、吠えてはいけないと思っているようだ。だから、散歩中にほかの犬&飼い主さんに会うと、
「吠えなくてイイ子ねえ」
 とウケはいい。

 だが、家の敷地の前を通る犬には容赦なく吠える。番犬としてありがたいけれど、
「もう吠えなくていい」
 という命令を理解させるしつけってどうやるのだろう。

 しかしながら、家の前を通る犬に吠えるくせに、自分では平気で家を覗くんだよなあ。勝手な犬だよな。

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2005/10/02

岩にしみ入る蝉の声って?

 ぼくには恩師というか、いろんな意味を込めての先生という方がいる。その先生が「解釈と鑑賞」にお書きになられた原稿を、わざわざコピーして送ってくださった。芭蕉の、

 閑かさや岩にしみ入る蝉の声

 という句をめぐっての考察。斎藤茂吉の和歌論についての特集に寄せてのものらしい。

 で、この句の解釈をめぐっての論戦として有名なのは、やはり茂吉「アブラゼミ説」VS小宮豊隆「ニイニイゼミ説」だろう。茂吉アブラゼミ説は「たくさんのアブラゼミが太い声で鳴くなかでの静寂感」を主張、小宮ニイニイゼミ説は「ニイニイゼミが一、二匹、かぼそく鳴いてしみじみとしている」といったもの。

 小宮さんは仙台に住んでいたので、この句の舞台となった立石寺あたりについて詳しかったのかもしれない。芭蕉が立石寺に訪れた頃に、アブラゼミが鳴いてなかっただろうとも主張している。

 結局、この論争は実地調査をした茂吉がアブラゼミ説を撤回ということになっている。

 だけども。

 先生は茂吉説にもうちっと付き合いましょう、と。ニイニイゼミ説は自然科学的に妥当だけれども、

「しかしそれが、文学という<作品>のイメージを解析するための十分条件となり得ないことは言うまでもない。現実に起こり得なくても肯定される余地があってこそ文学の価値も保証される」

 と述べられてます。そして、蝉の喧騒への気づきから、喧騒と対置されることによって得られる真の静寂について、またはその瞬間の気持ちの深まりについて、論が続きます。もちろん、この句の典拠である王籍の、

 蝉噪(さわ)ぎて 林逾(いよいよ)静かなり

 などなどを挙げながら。

 みなさんはどうですかね。アブラゼミかニイニイゼミか。ぼくはやはりアブラゼミがわんわん鳴くなかで、ハッと静寂に気づいた一瞬が一句に封じ込められているといったほうを、いっちゃん最初にイメージしちゃいましたけれど。


 ******

 そういえば、先生やちなくまさんたちと、大学院合宿で立石寺へ行ったのはいつのことだったろうか。けっこうむかしの話だからなあ。あの夏はすばらしかった。

 夏を惜しみながら、夏の夕暮れ。
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 それから、この立石寺は慈覚大師による開基。でもって、その慈覚大師とは平安時代の天台宗僧侶円仁のことであって、松島の瑞巌寺や平泉の中尊寺なども開いたとされる人でもあったりして、なんとぼくの暮らす岩舟町で生まれたという説があるのだ。やや離れた壬生町も生誕の地を主張しているのですがね。

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