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2009/01/28

ROXIK PICTAPS

ROXIK PICTAPS
比呂美さんのところで知りました。
描いた絵が踊り出す。
ロカを描いてみました。
五分くらいで完成。
ローディング中にどんなふうに描いたかわかるんですね。
踊りは何パターンかあるみたいです。
楽しいので、ぜひ。

それから、角川つばさ文庫のアンソロジーに参加しています。
ぼく、アンソロジー多いんですよね。。五冊目かな。
小学校高学年から中学一年生くらいまで向きらしいです。
ぜひ。


(おまけ)
こちらは作ってもらったコレです。
コレのお調子もん具合がよく出てるんじゃないでしょうか(笑)

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2009/01/21

ニコンのD90

実は、年末にカメラを買ったんですよね。
ニコンのD90。キムタクがCMしてるやつ。

もっとロカの写真を撮りたいって思っていたし、ロカが治ると信じていたので、カリスマ猫ブロガーにでもなってやろうかと目論み、カメラに関しちゃド素人のくせに購入……。

10代の頃、写真を撮ることに対して偏見をいだいていた自分。
大学生のとき、中国にぶらぶら行ったときも、カメラは持っていきませんでした。

それはなぜか?

小説家になりたかったセキグチ少年は、目に見えている世界すべてを言葉に変換して、自分のなかにおさめたいと考えていたんですよね。
恩田陸さんの「常野物語」に出てくる「しまう」能力にちょっと近いかなあ。
ともかく、青い発想と熱情でした。

で、時は経ち、写真は写真で楽しめるようになり、ロカの姿もこうして残すことができたのでした。
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「もっと早く買っておけニャ!」

しかし、カメラって難しいですね。
大学時代、大阪芸大の写真学科を中退した友だちがいて、露出とか絞りとか教えてもらったけど、あのときはなんのことやらさっぱりだったもんね。

ロカがいなくなったいま、しかたなくコレを撮っています。
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「ご主人、しかたなくってなんだよ~~」

冗談だよ、冗談。
オートじゃなくて、マニュアルで撮るのって楽しいですよね。

旅行に出られるように、ARTISAN & ARTISTのカメラバッグも買いました。
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これ、カメラも入るし、A4サイズのノートパソコンも入るんです。
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今年はバンバン遠出したいと思います。
なにしろ、ぼく見てこないと書けない人なんで……。

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2009/01/16

初七日でした。。

初七日でした。
いまはいい思い出をたくさん思い出すようになりました。

去年の冬、おそろしく貧乏で暖房器具さえなくて、
震えながら机に向かっていると、よくロカがやってきたものです。
足が冷たいので椅子の上にあぐらをかいて座っていたのですが、
ロカはそのあぐらの上に丸まって眠りました。
ぼくが書いた小説のうちのいくつかは、そうして書きあがったものです。

発病後の今年の夏は、いっしょに床で過ごすためにノートパソコンを買いました。
しかしパソコンのキーボードはかっこうの爪とぎ場。
バリバリ~、バリバリ~と爪とぎして、キーをはがして吹っ飛ばしていたもんです。
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「新しい爪とぎとボクの図ニャ」

原稿用紙で書くときもいっしょでした。
「ただいま指導中ニャ」
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「ビッシビシ厳しくいくニャ」

思えば、八月の頭からずっといっしょに寝ていました。
すごく見苦しいですが……
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なぜかコレもいっしょ。

冬がきてもずっと半そで半ズボンで添い寝をしました。
室温には気をつけていましたが、床の温度はわかりにくいんです。ですので、温度に敏感でいるためそんな格好で過ごしました。
ロカがいなくなったいま、寒いにもかかわらずよくできたもんだな、と。
気が張っていたんでしょうね。

ロカは一歳と九ヶ月で旅立ちました。
いっしょにいられたのは、一年と一ヶ月。
そのうち五ヶ月は闘病でした。
早すぎますよね。

無念と後悔はあります。
ロカが来てすぐの頃、左目をひそめがちだったんです。
コレがブドウ膜炎をやっていたので、すぐにおかしいなと気がつきました。
ロカの目はすぐに治ったんです。
しかし、あれはコロナウイルスの抗体価が高いというサインだったんじゃないかな、と。
事実、その後ロカの容体が悪くなるとき、片目をひそめることが多かったです。
ウイルスの進行と、なにかしらの関わりがあったのかもしれません。
ごめんな、ロカ。最初のときに血液検査をしていれば。

初七日を迎えたいま、ぼくはこう思います。
ロカはいっときだけこの世界にやってきた。
そしてまた旅立たなくてはならなくなった。
ぼくらはロカが帰るお手伝いをした。
無事に天に返す役目だった。

ただの思い込みですけれど、天使みたいだったロカには、ピッタリなのです。
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「そういうわりには、ひどい扱いニャ。。」

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2009/01/15

コレさん、ドッグカフェへ

獣医さんにお礼のお菓子を購入。これは自分用です。
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サブレなんですけれども、どことなくコレロカっぽくないですか?

いままで、いろいろと我慢してきたコレさんのために、ドッグカフェへ行ってきました。
府中のTROIS CHIENS(トロアシアン)へ。
カフェごはん、おいしかったです。

お店には五ヶ月のドーベルマン君がきていました。
コレとちょうど同じくらいの体重。コレも気に入ったようで遊ぼうポーズ。
楽しかったみたいですU^ェ^U

ワンちゃんの飼い主さん同士の話となると、たいてい「その子いくつなんですか」という質問が。うちの場合、保護した迷い犬なんで年齢不詳。
「拾ったんでわからないです」と答えるとたいていビックリされちゃいます。

そういえば、以前「小すば」で映画のレビューを毎月書かせていただいていたのですが、その企画が終わっての打ち上げを昨年末にしたのです。
で、同じく評者だった金原瑞人さんと松尾たいこさんも、「イングリッシュ・ポインターを拾ったの?」と驚かれていました。

そんな野良あがりのコレさんですが、最近はこうした格好で眠っています。
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背中にはミッキーマウス。
野良から成り上がったな、かなり……。
ま、過保護なだけなんですが。あまりにも寒がりなもんで。

暖かいらしく、
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白目むいてぐっすりです。
もう外飼いには戻れそうにありません。

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2009/01/13

コレロカ

本日、お世話になった動物病院の先生からお花が届きました。
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きれいですね。メッセージ付きです。
ロカも喜んでいると思います。

先生も、10月に愛猫を癌で亡くしたばかり。
そういったこともあってか、とても親身になって治療していただきました。
ワクチンを打ちに行った日、「これはまずい」とすぐに採血をして、
FIPであると診断してくれたのも先生でした。
ロカの予後が比較的よかったのは、早期発見してくれた先生のおかげでした。
感謝しております。

さて、その先生いわく、
「ワンちゃんネコちゃんも、ペットロスはありますからねえ」
とのこと。
たしかに、コレはロカが亡くなった次の日と、そのまた次の日に、
ごはんを残しました。
あの食いしん坊のコレが。

思えば、寂しん坊のコレが、家で留守番できるようになったのは、
ロカがやってきてからでした。
以前は出かけるとなるとキュンキュン鳴いていたのに、
ロカが来てからはお見送りさえしなくなりました。
ロカはロカで、コレがいなくなるのをすごく寂しがりました。
散歩に行ってしまうと、「ナー、ナー」と騒いでいました。
お互い大切だったんだな、と思います。

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以前は、よく鼻キスで挨拶もしていました。
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しかし、ロカが病気になってからは、一緒に寝ることも、じゃれ合うこともさせなくなってしまいました。
特に、ロカの白血球が下がってしまい、ちょっとした雑菌でもやられてしまいそうになったときは、まったく近づけさせませんでした。
無菌室が必要なくらいだったもので。

昨日、ロカの写真を大きく現像してきたら、
コレがすごく反応していました。
尻尾を振って、ロカの顔を見つめていました。
いままで、テレビさえ反応しなかったコレが、こんな反応をみせてビックリでした。
今朝は散歩コースで猫を見かけたせいか、
帰ってきてからは部屋に入るなりキョロキョロとロカを探していました。

「ロカはどうしていないんだろう」
「どうして帰ってこないんだろう」

コレはそんな感じです。
コレには死の概念ってやつはないのでロカに何が起こったかわからないのでしょうが、
不在ってことには敏感なんでしょうね。

「ロカはもういないんだ」
「もう帰ってこないんだ」

そう理解するまで、もう少し時間がかかりそうです。
そしてそれは、人間であるわたしたちも同じなのかもしれません。
死というものを知っていても、どうしていないんだろう、どっかにいるんじゃないか、と
考えてしまいますもんね。

胸に空いた穴はあまりにも大きいけれど、
いつまでも立ちすくんだり、泣いていたりしていたら、
ロカに笑われてしまいます。
自慢の父ちゃんであるために、頑張ろうと思っています。

ただね、もう一度だけでいいから、あの子に触れたいなと望んでしまいます。
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もう一度だけでいいから。

このブログを読んでいるみなさんは、そばにいるワンちゃんネコちゃんを、
たっくさん撫でてあげて欲しいですね。
わたしたちが生きるこの世界は、ちょっと目を離したら失われてしまうような宝物ばかり。
ロカと過ごして学んだことです。

それから、いままで病を患った弟がいて、なんでも後回しにされて、はしゃいだら怒られていたお兄ちゃんののコレを、これからたくさん遊んであげたいと思っています。

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2009/01/12

FIP(猫伝染性腹膜炎)という病気について

みなさん、温かいコメントありがとうございます。
メッセージを下さった方も、ありがとうございます。

いままでずっと夜は部屋の電気を消してロカを眠らせていたので、
電気をつけて明るくする生活にまだ馴染めません(笑)

さて、今回はロカが罹ったFIPという病気のことを、
ちょっと書いてみようと思います。

この病気は猫コロナウィルスがなんらかの要因で突然変異して、
FIPウィルスとなり、そのウィルスに免疫が過剰に反応して発症するものだそうです。

しかしながら、この病気は明らかになっていないことがあまりにも多いのです。
感染経路に関してでは、空気感染があるのかないのか、母子感染があるのかないのか、獣医さんによって見解がちがうようです。
また、コロナウィルスの突然変異に関しては、なにが要因となっているのか不明瞭ですし、ストレス説がまことしやかに説かれますが、本当なのかどうかわかりません。
「発症しました」という確定診断もなく、治療方法もわからなくて獣医さんでさえ手探り。
致死率は100%と言う人もいれば、七割がたと言う人もいる。

未解明な部分が多いくせに、獣医さんによれば、教科書的に答えれば「助からない」とされ、ウィルス性の疾患であるのにワクチンがない。

ロカは間違って働いてしまう免疫をステロイドでおさえ、
ビムロンという薬で免疫が正しく働くように導き、
オザグレル(ドメナン)で血管の炎症をおさえて、五ヶ月頑張りました。

闘病中、この病気について夢中になって調べましたが、
調べれば調べるほど絶望的になりました。
闘病記を記されている方の猫ちゃんは、うちと同様に残念な結果を迎えています。

こんな恐ろしい病気があるなんて、まったく知りませんでした。
猫白血病や猫エイズくらいなら、猫に疎い僕でも知っていましたが、
FIPとなると夜間の動物病院の受け付けさえ、知らないようでした。

薬も実際に効果があるかわからないとの表記もよく見かけました。
ですので、治療において直感的に思ったのは、
「食べること」と「いっしょにいてあげること」がいいんじゃないかと。

相方にして、ロカの「おかーたん」である彼女が、
体調や体重を考慮しつつ、昼夜問わず四時間あるいは五時間ごとに、
シリンジと呼ばれる食事用の注射器のようなものでゴハン。
これを嫌う猫ちゃんは多いそうなのですが、
幸いにしてロカはさほどいやがらず、パクパクと食べてくれました。
おかーたんの努力と、ロカのあの素直さが、もって数日と宣告されたにも関わらず、
五ヶ月ももった要因のひとつじゃないかと思います。

たっぷりと食べて、いちばん元気だった頃。
赤血球濃度も高くて、耳の内側が真っ赤でした。
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「食べすぎちゃって、もう眠いニャ」

それから、ロカがひとりぼっちで過ごす時間をなくすようにしました。
起きているあいだは、いつも声をかけてあげて、気にかけてあげました。
気持ちでつながっているあいだは、病気の進行を滞らせることができるんじゃないかと
考えたからです。
実際、うたたねをしてしまって起きたとき、ぼうっと宙を見ているロカは、
病気が進行しているように見えたものです。
人間もひとりでじっと闘病しているよりも、
多くの人に声をかけてもらい、励まされたほうが、回復できるものですよね。
猫もそうなんじゃないかと考えたわけです。

病気が進行すれば、ウィルスが肝臓や腎臓に悪さをするし、
脳がやられてしまえば、失明や神経障害で立てなくなったりします。
そのウィルスの進行をおさえるためには、体力が必要なわけで、
体力をつけるためには、薬うんぬんではなく食べることしかなかったな、と
考えております。

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「食っちゃ寝で、デブ猫の仲間入りニャ……」

ロカの場合、ステロイドで肝臓がやられて嘔吐が始まり、
食べられなくなってから、ぐっと弱りました。
ですので、食べるってことって本当に大切なんだなと。

もしも同じ病気にかかった猫ちゃんがいたら、
ぜひとも頑張って食べるようにと勧めたいと思います。

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2009/01/11

ロカ、旅立ちました。

一月十日(土)の23時20分、ロカ永眠いたしました。
ロカ、頑張りました。
一歳九ヶ月。
すばらしい猫でした。
すばらしい日々でした。

不治の病であるFIPが発覚したのは八月。
それから頑張ってきましたが、勝てませんでした。
発症時のコロナウィルス抗体価は17200倍。
絶望的な数字で、獣医さんも「もって数日」とおっしゃっていました。
多くの猫ちゃんが、この病気にかかって短い時間で亡くなっています。
宣告された日は、生まれて初めてショックで気を失いました。

けれども、その後ロカは頑張ってくれて体重も増加。
顔はふくよかに、体はまん丸に。
赤血球の値も正常値にまで戻り、
走って、飛んで、跳ねてと元気になってくれました。
オモチャで遊び、コレの首にかじりつき、このまま治っちゃうんじゃないかって
思うことさえありました。

しかしウィルスの進行は押しとどめられませんでした。
容体が悪くなったのは2009年に入ってから。
ただ、亡くなる前日までオモチャで遊び、ゴロゴロと喉を鳴らし、
オシッコも自分でして、水もたくさん飲み、
キャットタワーにのぼり、新しい段ボール箱に入ってチェック。
爪とぎも腰を振りながらバリバリ、バリバリしていました。
病気との闘いでしたが、厳しくなったのは最後の日の夕方。
それまで、QOLが落ちることはほとんどなかったと思います。

すごく強い子でした。
我が息子ながら、誇りに思います。

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キャットタワーにいるところを撮影しようとしたけど、

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動きが早くてとらえられず……。

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机の上まで飛んできたかと思ったら、

すばやく物色。
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「つまらんニャ」

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面白いものがなければさっさと退散!

こちらはクリスマスプレゼントのキャットハウス。
お気に入りで、自慢げな顔です。
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「いらっしゃーい。けどあいにく満席ニャ」

体がしんどくなってからも、好んで入っていました。
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「ここは落ち着くニャ~」

お薬も頑張ってのみました。
「薬が用意されてる気がするニャ」
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「やばい、こっち来たニャ!」
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「やっぱりか! アンガ~~」

思えば、ロカは何度も奇跡を起こしてくれました。
骨髄が血液を作っていないと言われたのち、なんとか自分で造血できるように回復。
二度目の輸血のときは、まったく効果がなくてもう打つ手なしといったふうでしたが、
やっぱりその後自分で造血。
白血球の値が2700まで下がり、敗血症の危機であと二週間もたないと言われたときも、
セファランチンという薬で正常値まで回復。
何度も奇跡を見せてもらいました。

ロカは獣医さんも認めるほど甘えん坊でした。
パソコンに向かっていると、後ろから椅子にしがみついて爪とぎで猛アピール。
「父ちゃん、ボクに注目してろニャー」って感じでしょうか。
机の上にのぼって、キーボードの前でくつろいだりもしていました。
体がしんどくなってからは、「ナ~ゥ」と呼びかけてきました。
「なあ、父ちゃん。ちゃんとボクに意識が向いてる?」と問いかけるかのように。
寂しん坊で、甘えん坊。
背中を向けられるのが嫌い。
ロカがいなくなったいま、こうしてパソコンに向かっていると、
後ろからあのかわいらしい声が聞こえてきそうな気がしてしかたありません。

最期の夜は、発作が。
あまりにもかわいそうで、「もういいよ。ありがとう」と何度もさすってあげました。
きっとロカは、「頑張ろうね」といつも言っていた言葉に、
応えてくれようとしていると思ったからです。
「もういいよ、ありがとう、ありがとう」と撫でていると、発作はおさまり、しばし意識が戻ってきました。
「ロカ」と呼びかけたときには、尻尾をブンと上げてお返事。
甘えん坊で、寂しん坊の子とばかり思っていましたが、本当に強い子でした。

二度目のときは、夜間の動物病院に駆け込みました。
車での移動中、発作はおさまったのですが、病院に着いたので診てもらうことに。

病名や容体を説明し、「長いあいだ頑張ってきた強い子なんです」「ありがとうね」と撫でていたら、
大きくてやわらかなため息をつき、四肢を伸ばして眠りにつきました。
安らかに逝ったと言ってあげていいと思います。
最後の最後まで、お目目クリクリのかわいい顔でした。
獣医さんが「FIPで逝ったようには見えないね」と言ってくれました。
穏やかな表情で、体重もベスト体重からほとんど落ちませんでした。

明けて本日、荼毘に付してきました。
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斎場にはコレもいっしょに行きました。

実を言えば、この五ヶ月、ロカの猫ベッドに寄り添うようにして、
ずっとフローリングの床で寝てきました。
目をそらしちゃまずい時が多かったためです。
寝かしつけたり、目が覚めたときにそばにいてあげたりするためでもありました。
レム睡眠から覚めたとき、そばにいてあげると喉をゴロゴロと鳴らして喜ぶのです。
「ボク怖い夢見てたけど、父ちゃんそばにいてくれたんだねー」なんていうふうに。
すべてが終わった昨日の夜は、五ヶ月ぶりに布団で眠ることにしました。
けど、寝つけませんね。
体が硬い床に慣れてしまったようで……。

それから、ロカは体がしんどくなるにつれて、眠りが浅くなっていきました。
ですので、起こさないように静かに静かに暮らしてきました。
テレビはつけず(オン、オフの音で目覚めてしまうんです)、ガサガサ鳴る新聞は読まず、
息をひそめて忍び足でそうっとそうっと過ごしてきました。
ロカがいなくなったいま、本当はもっと大胆に動いていいのだろうけれども、
いまだに静かに過ごしてしまいます。

写真を見ても、なにを思い出しても、涙が出ちゃいますね。
僕にとって、ロカは初めての猫でした。
そしてロカは、一度も「シャー」も「ウ~」も言ったことのない、
穏やかでかわいらしい猫でした。
なにせいままで元気に頑張ってきて、ひどい状況だったのは昨夜の数時間のみだったので、
昨夜のできごとがまるで悪夢か嘘のように感じてしまいます。
本当はどこかに隠れてるんじゃないかって。

でもきっとロカはいまごろ、しんどい体を離れて、
自由に飛び回っていることだろうと思います。
大好きだったオモチャで遊びまくり、ササミを食べまくってね。

つらかっただろうに、気丈で、美しい子でした。
もしも僕がロカだったらどうだろうかと考えます。
不治の病に冒されて苦しかったら、弱音を吐いたり、自暴自棄になったり、
逃げ出したりしそうです。
僕もロカに笑われないように、強く生きたいと思います。
ロカに恥ずかしくない人間でいたいと。

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本当にありがとうね、ロカ。
撫でながら、たくさん「ありがとう」と「大好きだよ」と告げたけど、
ロカに伝わっただろうか。
たぶん僕は、ロカの短い生涯の中でいちばん多くの時間を過ごした人間だっただろうけど、人間っていいなー、いいもんだなー、って思ってくれただろうか。

これからこのコレログはちょっとばかしロカにまつわる湿ったものになるかもしれませんが、ちょっとだけお付き合いください。

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